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おカネはどんなものとでも交換できる

おカネがなぜそのような媒介役、仲介役をはたせるかと言えば、おカネはどんなものとでも交換できるという性質、あるいは力をもっているからです。だから、人と人との間を流れる。では、なぜそんな性質、力をもつのか。物々交換というやり方をイメージしてください。この場合、おたがいの欲望、必要がぴったり合っていないと、交換が成り立たない。こっちは相手の物が欲しいのに、相手はこっちの物を要らないよと言う。そういう不一致があると交換できない。交換が行なわれるのには欲望・必要が当事者の間で対応していることが条件になる。しかし、分業が広がり、交換の必要性が高まるにつれて、そんな対応関係よりも不一致の範囲のほうが大きくなる。不一致のときどうするか。相手の欲しがるものを手に入れてくるしかない。回り道をするわけです。回り道をする不便さを解消したいと人々は感じる。どうするか。いつでも、なんにでも交換できる存在をつくりだせばよいと気づく。そこでさまざまな商品のなかから特定の商品を選びだして、それにどんな物とでも交換できるという性質をもたせる。そういう性質、力があることにしようと認めるわけです。それがおカネです。硬い言い方をすれば貨幣です。だからおカネは、交換関係のエッセンスなのです。どんな特性をもつ商品が選ばれて貨幣の地位につくか。2つあるのですが、おもしろいことにそれが正反対のものです。必需性と奢侈性です。誰もが必要としているものは、どんな品物とでもひきかえに手にいれておきたい。だからおカネの役をする。古い時代、牧畜社会で羊や牛が貨幣だったのはその一例。奢侈品は、なくてすむ。必需品ではないからこそ、それをもつことが富や権力のシンボルになる。だからこそ人々はそれを欲しがる。それでおカネの役をするのに都合が良いわけです。金貨、銀貨が貨幣になるゆえんです。

海外の都市と東京の物価水準を比べた「物価リポート」

海外の都市と東京の物価水準を比べた「物価リポート」を発表していますが、89年版によると、東京を100とした生計費の水準はニューヨークが72、西独のハンブルクが68で、東京の物価は両都市に比べ実に1.4倍にものぼっていることがわかりました。生計費のなかの食料品の物価水準は東京の100に対しニューヨークが69、ハンブルクが64で、特に輸入制限や価格支持制度など公的規制がある食料品の価格が割高になっています。また、公共料金もおしなべて高く、エネルギー・水道は東京100に対し、ニューヨークがわずか44、ハンブルクが70といった数値が出ています。こうした物価問題は「内外価格差」の問題として解決を迫られていますが、いずれにせよ日本人は世界一の債権大国、資産大国に住みながら、高いコストを払わされ、決して世界一にふさわしい豊かな生活をしているとはいえそうにありません。

営業譲渡に対する意見表明

債権者委員会が再生手続で特に機能するのは、開始決定後の再生計画外での営業譲渡についてである。再生計画によらずに営業譲渡する場合は裁判所の許可が必要だが、裁判所は許可を出すにあたって債権者から意見を聞くことになっている。多くの債権者が反対した場合、許可は下りず営業譲渡はできないことになる。ところが、債権者委員会が組織されている場合は、裁判所はこの委員会からだけ意見を聴取すれば足りる(民事再生法42条2項)。したがって、債権者委員会が営業譲渡について事実上の同意権を持つことになり、債権者委員会は、委員会の意向に沿う形や内容での営業譲渡を行うよう、債務者に事実上変更を求めることができる。もっとも、債権者委員会の意見には強制力はない。そこで、後に行われる再生計画案についての議決権の行使を担保(武器)にして、債務者に営業譲渡などのM&Aを遂行させたり、債務者自身が計画したM&Aに変更させたりするのを求めることになろう。